2012年5月3日木曜日

ドメーヌ・ルイ・ボバルに新進気鋭のエノロジスト

2008年、フィリップ・メイエル氏はドメーヌ・ルイ・ボバルのエノロジストとなった。彼は若手の、新進気鋭のフランス人エノロジストだ。現在メイエル氏はドメーヌ・ルイ・ボバルのブドウ栽培から醸造までを任されている。

彼の経歴は、フランスのワイン銘醸地で磨かれた。シャンパーニュ、アルザスでワイン造りに携わり、そしてルイ・フィリップ・ボバル氏に請われてスイスにやってきた。

ドメーヌ・ルイ・ボバルはユネスコ世界遺産に指定されているラヴォーに位置するワイナリーだ。ラヴォーワインはスイスで一番の名声を得ている。その中にあって、ドメーヌ・ルイ・ボバルは少し異色な存在と評されている。スイスワインの中心ともいえる、伝統あるこのラヴォーにおいて、敢えて伝統を打ち破るワイン造りに力を注いでいる。

その一つが、シャスラワイン(白)の樽熟成。ラヴォー地区の主要ブドウ品種であるシャスラは、通常はフルーティに仕上げるため、樽熟成を行わないか、大樽に入れて熟成を行う。よって、ラヴォーのワインには、樽熟成独特のブーケ、シガレットやチョコレート、ヴァニラ、蜂蜜といったものを連想するブーケを持つことはない。

ドメーヌ・ルイ・ボバルは自身の育てるシャスラが十分に樽熟成に耐えられる力強さを秘めていると確信して、敢えてこの樽熟成シャスラワインに挑戦してきた。そしてフランス人エノロジスト、フィリップ・メイエル氏はこの樽熟成シャスラワインを見事に開花させた。

メイエル氏の着目は、マロラクティック発酵の調整だった。マロラクティック発酵とは、アルコール発酵を終えて、ちょうど春先に貯蔵槽の中で始まる二次発酵の事で、ワインに含まれる酒石酸が酪酸に分解される。これによって、ワインの酸味が和らぐとともに、ヨーグルトに似たブーケが生まれ、ワインのフルーティさがより強調されていく。

伝統的なラヴォーのシャスラワインは、このマロラクティック発酵を行わせる。それによって、ラヴォーワインはとてもフルーティで心地よいワインとなる。口に含むと酒肉の厚さが踊るように伝わって来る。

一方でマロラクティック発酵はワインの酸味を削る役割も果たす。これを嫌うワインの作り方もある。例えばドイツの甘口白ワインだ。甘口に作られるワインは、十分な酸味がないと切れ味が悪くなり、味のバランスを崩してしまう。よって、ドイツの甘口白ワインではマロラクティック発酵を行わせない。

スイスのシャスラはアルプス地方特有の石灰質の土壌で力強さを発揮するブドウ品種なのだが、石灰質の土壌はブドウの酸味を削ぐ性質を持つ。よって、スイスのシャスラワインは概して酸味が少ない。その上に、マロラクティック発酵を行わせると、さらにそれが削がれ極めて酸味の少ないワインとなる。この酸味の少なさは、ワインの味わいを軽めにするきらいがある。

イタリアワインなどは概して酸味が強く、こうしたワインを飲みなれている人にとって、スイスのシャスラワインは物足りなさを感じやすい。一方で、日本酒のように酸味の少ないお酒を飲みなれている人にとっては、極めて受け入れやすいワインとなる。ワインは酸っぱくて苦手、という人にはうってつけのワインだ。

シャスラワインほど和食との相性のよいワインはない。日本酒がお刺身との相性がいいように、スイスのシャスラワンもお刺身と相性がいい。日本酒が和食の中で一貫して飲まれるオールマイティなお酒の様に、スイスのシャスラワインも和食とオールマイティに相性がいい。

しかし、例えばスイスのシャスラワインと洋食との関係になると微妙になる。やはり、酸味の少なさが、バターやクリームなどの脂分を洗い落とす力に欠けるからだ。洋食に合わせるワインとなると、シャスラワインでも、もっと酸味のあるものが必要になる。

メイエル氏は、スイスワインももっと(ヨーロッパの)食事に調和するワインとなるべきと考え、シャスラワインの持つ酸味を引き出す醸造法に力を注いだ。そして伝統的に行われるマロラクティック発酵の見直しを行ったのだ。フレッシュでまろやかな味わいを生むマロラクティック発酵を調節して、フレッシュさを保ちつつ、シャスラブドウの持つ酸味を引き出す醸造に注力した。

もちろん、ブドウ栽培においてもシャスラブドウの酸味を引き出す調整を行っている。こうして酸味とのバランスを保ったシャスラワインは、樽熟成にも耐えられる重さと力強さを持ち合わせることが出来る。

メイエル氏の造るシャスラワインは、樽熟成に耐えるだけでなく、見事にそれと調和し、優雅なものに仕上がっている。それは従来のスイスのシャスラワインになかったものと言っていい。シャスラワインの伝統の殻を打ち破って、新たなシャスラワインの地平を広げた。

メイエル氏によれば、こうした努力はアルザスでの経験が役に立っているという。アルザスではシャスラを含めて多様なブドウが栽培されている。また、食事に合わせるワインとしての味づくりに力が注がれている。加えて、マルセル・ダイス氏といった伝統の殻を打ち破ったワイン造りの流れもある。

メイエル氏の造る秀逸ワインはシャスラだけに止まらない。ピノ・ノワールにおいてもその良さが十分に発揮されている。ここら辺は、シャンパーニュ地方での修業が発揮されているのかもしれない。ピノ・ノワールだけの赤もエレガントに仕上がっているが、ピノ・ノワールとメルロー、シラーのアッサンブラージュは力強さも加わって、大変秀逸なものになっている。

ドメーヌ・ルイ・ボバルは今のラヴォーにあって、一番の注目ワイナリーといえる。私のおすすめのシャスラは、
Ilex Cuvée spéciale 2010, Calamin Grand Cru

ドメーヌ・ルイ・ボバルのホームページ
http://www.domainebovard.com/en/the_estate.php

 











(写真はフィリップ・メイエル氏、2012 Arvinisにて)

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